投稿作品 「図面」PART1
著者 雪乃 精レイ
scene1 プロジェクト
私の一部始終を聞いていただきたい。
取引先との交渉で東京にある先方の本社に来ている。
社運を左右する重大な取引だ。
先方は日本を代表する総合商社。この契約を決めれば日本はおろか世界での販売が実現するだろう。
ところが私はデスクの畔でウツラウツラしている。季節は夏。強烈な日差しは分厚いカーテンで仕切られているし空調は絶妙な冷房が効いていて快適な環境下にいる。
「ぷっはー。退屈だ。」
打ち合わせの真っただ中ということもあり腹話術師のようにそっと呟いた。
今の私はとにかく眠い。緊迫した中、こんな悠長な私がいるのはどうしてか?その経緯を説明しよう。
scene2 人選
わが社は人型ロボットを制作事業を展開する老舗のベンチャー企業。
ライバル会社は世界中にあり日々競争は激化していた。何しろ開発にかかる費用は莫大だ。近年はヒット商品に恵まれないまま大きく負債を抱え経営は傾きかけていた。
残されたチャンスはそう多くないだろう。一大イベントが控えるその矢先の事だった。
「よし、坂巻君、君に任せたぞ。」
社長の一言で取引に抜擢されたものの私は快諾することができずにいた。決して責任逃れではない。わが社の開発し送り出すロボットは時代遅れの産物で白旗降参は目にみえていたからだ。営業畑三十年、人当たりの良さから私を抜擢したのだろう。眉間に皺を寄せた私を社長が見やると鶴の一声だ。
「例のやつ、発動オッケーだぞ。ムフフ。むふふのふ。」
不敵な社長の笑みは暗号に近いものだが私にはピンときた。
コードナンバーk.868。秘密裡に開発を続け温存していたアレを交渉のテーブルに乗せるというのだから驚いた。社内に知っている人間は私と数人だけの秘密兵器。
勝機ありと言っていいんじゃないだろうか。
スペックは行動範囲を選ばないロボットで水陸両用、内臓の翼を広げると空も飛ぶ。
人の感情まで理解し学習しながら進化する。さて、ここからは少し理解力が必要。
人型、体温36℃。人間同様に食事も排泄もするし風邪もひく。
一番の驚きは加齢はおろか老化を伴い最終的に人間同様「死」を持ち合わせていることだ。社長曰く、より人間臭いロボットであり死を持つことにより存在する尊さを感じさせたのだという。
たしかに部品さえ交換すれば直るロボットに尊さがわかないのも理解できる。
この秘蔵ロボットは一人の人間といってもいい。ただ一つ、人間と違うのは男女の遺伝子を受け継いでいない点で人造人間としてこの世に存在している。
社運を賭けてこの人間臭いロボットを一任されたのだ。断る理由など見当たらない。
「わかりました。私にお任せください。」
私は一転快く了承するとプロジェクトを立ち上げた。しかし時間がない。プレゼンまで残すところ一週間だ。急がねばならない。
scene3 権藤
翌日、この人型ロボットをフェイスと命名した。人間の表情、生活感を余すことなく表現でき共存する事の自然さ楽しさを感じられること。さらに我が社の自信作、顔なのだからこう名付けるのは適当だろう。
さて、対峙する先方の担当者はどうだろう。
責任者、CEO権藤は頭脳明晰のコンピュータープログラマーで数々の大手企業を渡り歩いている強者と聞く。それなのに堅物で笑顔一つ挨拶一つできない難儀な性格を併せ持ち、一般的な常識が通じない。人間味のない言葉は短文が多く、事のほとんどをデスマス調で武装、完結させる。
身なりは羽振りの良い仕立てのイタリア製スーツで決めている。ブスくれた表情と長く絡み合う顎髭から社内では皮肉を込めて「ラ・ザーニャひげ」とあだ名がついていた。
一昨年、わが社からのプレゼンでは会議が始まり五分とたたずしてこの一言で烙印を押されたと聞かされている。
「ボツ。」
プレゼンの方法もしかり、対峙する権藤のご機嫌まで取らねばならない。どうするべきか?具体的な方法も見つからないまま時間が過ぎていった。
本番二日前。人間味溢れるフェイスの起動と実演。これだけでも斬新じゃないか?
他社の鋼鉄ロボットとは温かみが全くもって違う人間臭さがある。
それと私の人柄の良さ。自分で言うのもなんだがこれを武器にする。やんわりとラ・ザーニャ権藤を誘導し契約を取ろう。社運を賭けての真剣勝負だ。
よしキメタこれでいこう。
本番前日、一本の電話が会社に入るが私は運悪く席を外していた。会社に戻り用件の書かれたメモをみて驚いた。
「坂巻課長。権藤様より電話がありました。当日は当社の新型ロボットの図面を用いて打ち合わせされたいデスマス。との事です。」
時計の針は午後7時を差そうとしている。打ち合わせは明日の午前10時。もう時間がない。
私はロボット、フェイスの実演と権藤のご機嫌を伺いつつ契約までこぎつけようと企んでいたわけで図面を見て事細かな解説などできやしない。営業畑一筋30年。人柄の良さを買って私を選んだ社長の当てが外れた形だ。
「誰か、誰かいないか!?」
社内に残っている面々を見ても役不足だ。何しろこのロボットの事を知る人間が限られている。変わり者権藤の前で冷静になれる逸材だってそうそう見当たるものじゃない。先方の権藤はコンピュータープログラマーという自分の得意な分野から我が社のフェイスを判断しようと決めたのだろう。
「くっそう…!ラ・ザーニャの奴め……。」
そんな折、私の目の前を一人の男が通り過ぎようとしていた。
「先輩、お疲れ様っすー。うぃーす。」
入社三年目の天才、佐々木だ。
続く。